無題
高田馬場の駅のホーム、階段を登りながら背後で喧嘩をする人を眺めていた。
忘年会のアルコールと年の瀬の浮ついた空気にぼんやりとした頭を怒声と電車の到着を告げるアナウンスが通過して、背後で繰り広げられる小さな衝突に目を背けて友人との別れを惜しんだ。
こんなことはきっと日常茶飯事で、あらゆる場所であらゆる時間で起きていることで、きっとあの人たちも明日になったら互いの顔さえ思い出せなくなって、あの時の怒号は風に吹かれて電車に轢かれて道に落ちて夜明けにはボランティアに拾われるかカラスに喰われるかしてしまうのだろうけど、私の頭の中には何故だか見も知らぬ男性が吐いた捨て台詞がこびりついていて、彼が着ていた黒のジャケットについていたほこりのことなどを考えてしまって、人知れず投身自殺した彼の言葉のことを考えていて、駅で買ったホットコーヒーがすっかり冷めていることなどを思い出して、つまるところ語りたいことなど何もないのだ。